アルテミス合意Artemis Accords

月界を拓く銀の嚆矢となるか? ―アルテミス合意の法的意義―
I. はじめに
2026年1月、ポルトガルとオマーンによる署名により、アルテミス合意(Artemis Accords) の署名国は61か国に達した。2020年10月に8か国の署名によって発足したこの枠組みは、新たな署名国が現れるたびに本プラットフォームのニュースレターをはじめ、各種の宇宙系ニュースサイトでも頻繁に取り上げられている(宇宙諸条約の加盟国の増減と比べても圧倒的な注目度である)。では、なぜこの合意はそれほどまでに注目を集めるのだろうか。本稿は、アルテミス合意の誕生背景からその内容、その後の展開を含め、本合意の持つ意義について概説する。
II. 誕生の背景
21世紀と共に到来した商業宇宙活動の時代は、技術の発展と相まって人類の目を月や小惑星の資源開発に向けさせた。ニュースペースと呼ばれる新興宇宙企業は月や小惑星に存在する水資源や希少資源の開発計画を次々に立案し、もはや宇宙資源開発はSFではなく具体的なビジネスプランとして語られるようになってきている。
この動きを法的に後押ししたのが、アメリカが2015年に制定した宇宙資源探査利用法(Space Resources Exploration and Utilization Act)である。同法は採取した宇宙資源に対してアメリカ国内法上の所有権の設定を認めるもので、事業者の法的安定性の促進という意味において画期的な法令であった。同様の法令は2017年にルクセンブルクも同様の法令を制定している。
他方で、このような国内法による一方的な権利の承認は、宇宙条約との整合性につき曖昧な点が残されていた。宇宙条約第2条は「月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない」(「領有禁止原則」と呼ばれることが多い)と規定しているのだが、月その他の天体から採取した資源に対する所有権の設定は同条と整合的なのかが問題となったのである。この点について学説上の議論としては概ね明確な違反とは言えないという立場が優勢であったが、不明確な点は残されていた。
また、宇宙資源活動間の調整も法的なハードルとして指摘されていた。月面や小惑星の表面において複数の主体が活動を行う場合、活動同士が物理的に干渉しあうという状況が生じうる。宇宙条約第9条はその第1文において他国の利益に対して妥当な考慮を払う義務を、第3文において他国の宇宙活動へ潜在的に有害な干渉をもたらしうる活動につき事前協議義務を課しているが、「妥当な考慮」や「潜在的に」といった文言が何を意味するかについては不明確な点が残っていた。
何よりの問題は、これらの法的課題について、国際社会は新条約の起草という形で立法的解決を行えない状況にあった点である。宇宙諸条約を起草した国連宇宙空間平和利用委員会(UNCOPUOS)は全会一致の慣行から様々な主体の利害が複雑に絡む宇宙資源活動につき新条約の策定は絶望的であり、既存の条約の解釈についてコンセンサスを得ることもまた難しい状況であった。アルテミス合意の誕生および同合意を巡る現在の状況の原動力となったのは、法的課題と議論の膠着状態というジレンマである。
アルテミス合意はこのような課題に対し、伝統的な条約交渉の枠外から一つの回答を試みたものであった。そこで次は、合意の主要な条項について簡単に紹介する。
III. アルテミス合意の概要
アルテミス合意はNASAが推進するアルテミス計画に向け、月や火星、その他の天体およびラグランジュ点における活動の原則を確立する目的で作成された文書である。同合意は前文と全13のsectionから成り、平和目的や透明性の確保、署名国間の協力といった各原則について規定を置いている。ここでは特に重要な点に絞り紹介したい。
まず、アルテミス合意の基本的な性質として、同合意は国連憲章102条(条約の登録および公表)に基づく登録資格が無いことが確認されており(section13第2項)、ここでも同合意が条約でないことが暗に示されている。これは、例えば法的拘束力を明確に否定しているスペースデブリ低減ガイドラインや、いかなる規定も既存の原則への修正や再解釈を構成するものではないと明記しているLTSガイドラインといった文書と比べると、少々「控えめ」な表現であるようにも思われる。実際、同合意には宇宙条約の特定の条項の解釈に関する認識の表明と思われる条項が備わっており(section10第2項など)、宇宙条約等の拘束的な規範との何らかの関連性を意図していると読むことも可能であるように思う。他方で、同合意は宇宙条約その他の文書に含まれる重要な義務の運用上の実施としての要素を備えつつも、あくまで「政治的コミットメント」として位置づけられている(section1)。「政治的コミットメント」でありつつも特定の条約解釈を「確認」(affirm)するというアンビバレントから成る絶妙な法的「重み」は、法の発展の必要性と国家間の利害調整のコスト緩和という相反する要求に直面した起草者による工夫の産物と言えるだろう。
次に、アルテミス合意はそのSection 10の第2項において「署名国は宇宙資源の採取が宇宙条約第2条における国家による専有を本質的に構成するものではないこと、および宇宙資源に関する契約その他の法的文書は同条約と整合的であることを確認する」と規定している。この規定は言うまでもなく、先述の宇宙資源の所有権に関する法的な論争を解消するための条項である。
また、アルテミス合意は月面及び小惑星の開発を巡り、「安全区域」(safety zones, section11)および宇宙遺産(outer space heritage, section9)という宇宙諸条約には存在しない概念を導入している。安全区域とは、宇宙活動間の有害な干渉の防止のため、相互の安全を確保するための空間である。安全区域に関する規定は宇宙条約第9条第1文および第3文との関連性が示唆されており、曖昧さや実行の不足が問題となっていた宇宙条約第9条各文について、各文言の定義や基準の明確化のための実行の蓄積を促すものにもなっている。また、歴史的な意義のある人工物や活動の足跡の保護に関する概念である宇宙遺産も、アルテミス合意は同概念を提示すると同時に、同概念の国際法上の位置づけを確定していくための議論や実行の蓄積を促すものとなっている。
このように、アルテミス合意は既存の法的課題への回答を示しつつ、将来の月面等における活動に向けた新たな概念をも提示するものであった。しかし、安全区域や宇宙遺産に関する条項に代表されるように、本合意はそれ自体が完成品として提示されたものではなく、その真価はむしろ署名後の展開にこそある。
IV. 誕生後の展開
アルテミス合意はその誕生後、署名国の増加、署名国間の議論、署名国の枠を超えた展開という形で発展を続けている。
1点目の署名国の増加について、先述の通り、誕生当初は少数の国による枠組みに過ぎなかったアルテミス合意の署名国は、2026年1月時点で61か国に達し、地理的・経済的多様性にも富んでいる。署名国の増加は、宇宙条約2条との整合性といった法的な認識の表明につきこれを支持する国の数が増えるというだけでなく、署名国会議における見解や安全区域等に関する各種の実践の多様性の確保という形で、アルテミス合意という枠組みが国際社会に示す提案をより良いものとする効果も期待できる。
2点目の署名国間の議論について、アルテミス合意の署名国は双方向的な対話を通じて、文書に記載された各種の原則を具体的な行動規範へと発展させる努力を続けている 。そのような署名国会議では、特に有害な干渉の回避に向けた活動情報のデータベースの構築や、廃棄物の管理を含む持続可能性の確保に向けた体制の構築に向けて、実践的な検討が進められている。
3点目の署名国の枠を超えた展開について、アルテミス合意の署名国は署名国会議の成果を積極的に外部、特に国連に提供し、COPUOSにおける宇宙資源活動に関する議論の活性化に寄与している 。現在国連では、「宇宙資源活動に係る初期推奨原則」の作成を含む宇宙資源活動の在り方に関する法議論が行われているが、例えば、同推奨原則が確認している宇宙資源の開発と宇宙条約との整合性についても、アルテミス合意の署名国の増加や署名国による積極的な問題提起が寄与しているものと思われる。
V. アルテミス合意の意義と今後の展望
以上をまとめると、アルテミス合意の意義は以下の2点として整理することができるだろう。1点目は、宇宙資源活動に関する国際的な規範形成への寄与である。この寄与はアルテミス合意そのものの規定によるものと、同合意の署名国グループによるものが存在しており、それぞれ萌芽的な段階にあった宇宙資源活動に関する法議論を推し進めるものであった。
2点目は、宇宙活動に関する新たな規範形成の手法としての意義である。アルテミス合意はCOPUOSを始めとする国際機関が作成したものではなく、アメリカが主導し、各署名国との間で交わした合意文書である。これは、多くの国々の利害の調整を済ませてからルールを作る従来の方法に対して、ルールに納得できる少数の国々の間でまず未完成のルールを回してみて、国際社会の理解獲得とルールの完成度向上を漸進的に進めていく方法である。全会一致の慣行によりCOPUOSが即応的な規範形成に苦慮している中、こういった規範形成の試みは新たな方式として注目を集めている。
もちろん、アルテミス合意を取り巻く関係国の試みは全く非の打ち所がない訳ではないものではなく、一国の主導というその性質に伴う党派性を指摘する論者も存在する。また、安全区域や宇宙遺産といった各種概念を巡っては、誕生から5年という歳月の経過に比した実行や議論の蓄積が伴ってはいないという見方もあり得るだろう。しかし、同合意が60か国を超える署名国を集め、国連における議論を活性化させた事実は、本合意が宇宙法の新たな地平を切り拓く重要な一歩であったことを示している。この「銀の嚆矢」が、将来の宇宙開発に向けた確かな軌道を描き続けられるか、その行方を、我々は注意深く見守っていく必要があるだろう。
お勧めの文献
・Sandeepa Bhat B. and Adithya Variath (eds.), Artemis Accords and Resource Mining in Outer Space (Springer, 2025).
・山口達也「アルテミス合意の規範的評価」『立命館大学人文科学研究所紀要』138号(2024年)251-292頁。
筆者紹介
清水 翔/SHIMIZU Sho
公益財団法人 日本国際問題研究所 研究員
早稲田大学 法学部、慶應義塾大学 法務研究科、防衛大学校 総合安全保障研究科前期課程を修了。
主な専門分野は国際宇宙法。
e-mail: sho8315945@gmail.com
