光害と国際法 Dark and Quiet Skies

要約
人類の文化と科学の源泉となっている夜空の星々。これが今、人工の光によって脅かされている。「光害」と呼ばれるこの種の公害は、夜空を巡る様々な利益と衝突する。本稿では光害の歴史を振り返りつつ、宇宙法、環境法、人権法という3つの観点から、現代における国際法上の議論を概説する。
I. はじめに
人類はその長い歴史を夜空に輝く星々と共にしてきた。詩や音楽、神話は星や星座を題材とするものが多く、星空は人類の文化的源泉と言えるだろう。しかし、この人類と星空との絆は今、静かに断ち切られようとしている。原因は、我々自身の技術がもたらした新たな公害、「光害」(こうがい:Light Pollution)である。
近年、数百から数千、場合によっては数万機規模の人工衛星を軌道上に打ち上げ、あたかも星座のように展開する「衛星コンステレーション」計画が急速に進行している。この衛星コンステレーションは世界各地に通信や測位といった様々なサービスを提供する上で極めて有用である一方、太陽光等を反射して夜空に無数の光跡を描き、天体の観測への影響が懸念されるようになってきている。この光害は、科学的な調査としての天体観測だけでなく先住民などが伝統的に行ってきた占星術、さらには地球上の生態系にまで及ぶ可能性が指摘されており、法的・倫理的なジレンマを引き起こしている。
本稿の目的は、この光害に対する国際法・宇宙法学界の対応を紹介し、この問題に対する入門的な解説を行うことである。
II. 宇宙活動黎明期における光害
宇宙空間の人工物が反射する光による天文学への影響という問題は、あたかも現代の技術がもたらした新しい問題として語られがちだが、同種の問題は宇宙活動の黎明期においても指摘されていた。人類が宇宙空間に進出して間もない1960年代初頭、アメリカは「ウェストフォード計画」と呼ばれる実験を計画した。この計画は4億8000万本の銅の針を地球軌道上に散布することで人工的な電離層(電波を跳ね返す層)を作り出し、遠方との通信を試みるものである。デブリ問題が騒がれる今日においては信じがたい計画であるが、「スペースデブリ」という言葉すら存在しなかった当時としては宇宙利用の一形態として注目を集めた計画であった。
ところが、ウェストフォード計画はその計画段階において主に2つの学術分野の研究者たちから懸念を表明されることになった。1つは電波通信の国際的なルールを司る国際電気通信連合(ITU)、もう1つは天文学者達である。天文学者たちの主張は、ウェストフォード計画が散布する銅の針(ウェストフォード・ニードルと呼ばれ、2026年現在も宇宙空間に少数残っている)が特定の光を反射し、当時最新鋭だった光学望遠鏡の機能を妨げるというものであった 。この騒動は世界各地の天文学会に広がり、1961年には国際天文学会(IAU)が声明を出すに至っている 。
この一連の出来事は、国連宇宙空間平和利用委員会(UN COPUOS)においても影響を与えた可能性が高い。当時のCOPUOSは宇宙条約起草の叩き台となった宇宙法原則宣言の起草中であり、同会議においてソ連は後述の宇宙条約第9条の前身となる宇宙法原則宣言第6条を提案していた。同条は他国の宇宙活動に対して潜在的に有害な干渉を及ぼす恐れがあると信ずる理由がある宇宙活動につき、適当な事前協議を求める条項である。第6条の草案の趣旨を説明する際、ソ連の代表は科学者たちの懸念を引き起こす有害な実験としてウェストフォード計画を名指しで批判しており 、最終的に採択された宇宙法原則宣言はIAUの指摘通り、他の宇宙活動に影響を与える活動につき事前の協議を求める内容となっている 。
結局、ウェストフォード計画は実行に移され、その後大きな問題が生じなかったこともあり、宇宙開発と天文学の衝突は時代の流れとともに風化していった。しかし、これらの経緯から見ても、現在「光害」と呼ばれる問題は、国際宇宙法の憲法的条約と呼ばれる宇宙条約のルーツの1つを構成していると言えるだろう。
III. 国際法上の論点
話を現代に戻そう。COPUOSによって立法的解決を図られた古の光害は、50年の時を経て、より現実的かつ喫緊の課題として蘇った。きっかけはSpace X社が2019年に開始したStarlink計画である。同計画は衛星通信サービスの一種で、コンステレーション(星座)化した大量のStarlink衛星で地球上空の低軌道を覆い、地球上のどこへでもインターネットへの接続を始めとする各種の通信サービスを提供するというものである。その性質上、大量の人工衛星の展開が必要となるStarlink計画は、2019年5月23日に行われた最初の衛星群の打ち上げ直後から天文学界に衝撃を与えた。Starlink衛星は当時の天文学者の想像を遥かに超える輝度で光を反射していたのである 。この問題につきIAUは直ちに対応し、11日後の6月3日には天体観測への光学的・電波的干渉の可能性に対する懸念を表明している 。その後、Space X社はIAU等と協議を重ね、現在は衛星の輝度を抑える様々な技術を開発・実装しているが、IAUの動きの速さを見ても、衛星の反射する光が天文学に対して与える影響の深刻さが窺えるだろう。
Starlinkが引き起こした一連の騒動は当事者たちの協議という形で解決が図られたが、法的な問題は残されている。すなわち、国家は衛星がもたらす光害につき、これを防止する義務を負うのかという問題である。宇宙活動を規律する現行法である宇宙諸条約によると、宇宙条約第6条に基づき国家は自国の宇宙活動が宇宙条約やその他の国際法に反するものとならないように、継続的な監督を行う義務を負う。このことは私企業の宇宙活動であっても同様であり、国家は自国の国内宇宙法やその他の方法により、私企業が行う宇宙活動の適法性を確保しなければならない。
では、光害を顧みぬ宇宙活動は、宇宙条約やその他の国際法上どのように評価されるのだろうか。ここでは光害に関する主要な論点として、(1)宇宙空間の探査及び利用の妨害という捉え方、(2)環境損害という捉え方、(3)人権侵害という捉え方という3つの角度から、それぞれ法的な論点を紹介したい。
A. 宇宙活動の妨害と見るアプローチ
光害を伴う宇宙活動を法的に評価するにあたり、まず問題となるのは、それが月その他の天体を含む探査および利用の妨害となっている可能性であり、このアプローチから主に検討対象となる条文は宇宙条約の第9条である。同条は、第1文で他国の利益に対する妥当な考慮義務、第3文および第4文で有害な干渉をもたらしうる活動に関する事前協議義務を定めている。
とはいえ、先述の宇宙条約の起草時の問題状況を踏まえると、これらの条文が光害と全くの無関係であると主張するのは、少々難しいように思う。光害が宇宙法原則宣言の起草時に大きな問題となっていた以上、起草者達は「対応する利益」(第9条第1文)や「月その他の天体を含む宇宙空間の平和的探査及び利用」(第3文)として天体観測を想定していたと捉えるのが自然であろうし、光害は「妥当な考慮(を払っていない行為)」や「有害な干渉」に当たると捉えるのが自然であるように思う。
問題なのはむしろ、光害をもたらす活動につき宇宙条約の第9条第1文や第3文を参照すべきであるとして、これらの条文は具体的にどのような状況において何を求めているかであろう。例えば、第1文の解釈上、国家は自国の宇宙活動につきどこまでの規制を実施し、光の反射の防止策としてどの水準のものを私企業に義務付けなければならないのだろうか。もちろん、求められる規制の水準の特定には、科学的な不確実性をどう扱うかという問題も伴う。また、第3文は「適当な国際的協議」を求めているが、この協議は誰との、どのような協議なのだろうか。光害の影響を受けうる天体観測は国の行うプロジェクトから大学の研究者の研究、アマチュア天文家の行う天体観測まで多様であり、そこに国境は存在しない。
このように、光害を宇宙空間の探査及び利用の妨害ととらえた場合、適用法規の特定自体は比較的容易であるが、適用されるべき宇宙条約第9条には曖昧な点が多く残っている。
B. 環境損害と見るアプローチ
ウェストフォード計画が問題となった1960年代とは異なり、現代の国際法は環境保護に関する法規範も発展している。現在、国際環境法と呼ばれる法分野では1992年のリオ宣言をもとに発展してきた各種の原則が存在しており、こういった原則は宇宙活動についても適用される。一部の論者はこのことに着目し、環境損害防止原則や汚染者負担原則、環境影響評価義務といった慣習法が光害に適用されると主張している 。
もっとも、こちらについても検討が必要な論点は幾つも存在する。例えば、「光害が環境損害である」という時、その論者は何を「環境」と捉えているのであろうか。確かに、衛星の反射する光は渡り鳥やフンコロガシなど、夜空の星を頼りに移動する生物への影響も懸念されており 、そういった影響を捉えて「環境損害」と呼ぶのであれば、光害は野生動物に対する典型的な環境損害として理解可能である。他方で、人が天体を観測するという行為を妨げる事象を環境損害と呼ぶのであれば、何を「環境」と呼んでいるのかにつき説明が求められるだろう。国際司法裁判所は「環境」概念について「環境は抽象物ではなく、まだ生まれていない世代を含む人類の生活空間、生活の質、そして他ならぬその健康である」と説明しているが 、ここではまず何が光害によって害されており、それがこの説示とどのような関係にあるのかといった説明が求められるように思う。
C. 人権侵害と見るアプローチ
また、光害を人権侵害と捉える見方も存在する。このような切り口は、まず一般的な文化的権利の侵害として構成可能かというものも存在するが、特に注目を集めているのが「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(UNDRIP)などに示されている先住民族の権利の権利である 。例えば、ポリネシア系の人々は星の位置を頼りに広大な太平洋を航行する伝統的な技法を承継しており、アメリカ大陸南西部に住むナバホ族は夜空の星座を儀式や農耕に活用している 。また、アボリジニーやトレス海峡の諸島民にとって、星々は彼らの社会規範にすら深く結びついている 。
他方で、この種の人権的なアプローチは萌芽的な色彩が強い。例えば、国際宇宙法学会(IISL)が作成した光害に関するレポートでは先住民に関する議論はあくまで「あるべき法」(lex ferenda)として位置づけられており 、先述のUNDRIPでも先住民族の権利として天体観測や占星術等は明記されていない。また、社会権規約などを根拠とする文化的権利として天体観測や天文学研究などを位置付ける場合も、当該権利に天体観測が含まれるかや、含まれるとしてどのような形で当該権利が保障されるかといった議論が必要になってくるだろう。
IV. 今後の展望
本稿で概観したように、衛星コンステレーションがもたらす光害問題を巡る国際法上の議論は、いまだ多くの不確定な要素を抱えている。既存の条約の解釈を深化させると同時に、新たな規範形成やベストプラクティスの蓄積に向けた国際的な努力が急務となっている。
そのような試みの重要な第一歩として、2024年からCOPUOSの科学技術小委員会(STSC)において、「暗く静かな空」(Dark and Quiet Skies)が正式な議題として採択されたことは、特筆に値する。同小委員会の当面の任務は、光害がもたらす影響について技術的な側面から検討を行うことであるが、宇宙開発の歴史において、技術的検討はしばしば法的・制度的枠組みの形成に先行してきた。宇宙開発が直面する最大の課題の一つであるスペースデブリ問題も、国連の場ではまず技術的な検討が先行し、その成果を踏まえて法的拘束力のないガイドラインが策定され、それが各国の国内法に反映されるというプロセスを辿っている。この先例に鑑みれば、STSCにおける議論の開始は、光害問題に対する国連を中心とした国際的な取り組みが新たな段階に入ったことを示す重要な画期と評価できよう。暗く静かな夜空という遺産を将来の世代に継承していくために、専門の垣根を超えたが連携が、今まさに求められている。
文献紹介
・二杉健斗「メガコンステレーション衛星の光害問題をめぐる国際法の意義と課題」『空法』第65号(2025年)35-56頁。
・Connie Walker and Piero Benvenuti (eds.), Dark and Quiet Skies II Working Group Reports (2022), at https://noirlab.edu/public/products/techdocs/techdoc051/.
筆者紹介
清水 翔/SHIMIZU Sho
公益財団法人 日本国際問題研究所 研究員
早稲田大学 法学部、慶應義塾大学 法務研究科、防衛大学校 総合安全保障研究科前期課程を修了。
主な専門分野は国際宇宙法。
e-mail: sho8315945@gmail.com
