土地所有権 Land Ownership

揺らぐ足場と「土地所有権」―領有禁止原則と物権法の交錯―
I. はじめに
人類による科学技術の進歩は、しばしば地上において「当たり前」として受け入れられてきた概念を相対化し、その定義を改めて問い直す契機となる。宇宙活動について言えば、その代表的な例は「空」という概念の再考であろう。人類の活動が地表で完結していた時代において、空とは頭上に広がる上部空間という程度の漠然とした認識で何ら問題無かった。しかし、20世紀の半ばに人類が宇宙活動を開始すると、空に対する認識はその曖昧さを露呈する形となった。国家領域の上部空間を不可避的に周回する宇宙活動という新たな活動領域を得て、人類は国家の領域主権の及ぶ「領空」と、主権の及ばない「宇宙空間」という区別を設ける必要に迫られ、両者の境界線をどこに設定するか、すなわち「空とは何か」の再考が求められるようになったのである。
同様の現象は他の概念においても生じうる。ここでは、近年注目を集めている宇宙資源の探査及び利用を始めとする天体上の活動を念頭に、数十世紀に渡って人類にとって身近な概念であった「土地」を取り上げ、同概念を巡る法的論点を紹介したい。
II. 天体における土地所有権を巡る議論
皆さんは「天体の土地を所有することはできない」というフレーズを聞いたことがあるだろうか。聞いたことがあるとすれば、おそらくそれは以下の文脈であろう。まず、ルナエンバシー(the Lunar Embassy)社が始めた「月の土地の権利書」なるジョークグッズに対する法的評価である。同社のCEOであるデニス・ホープ氏は1980年代より月の土地に対する権利を繰り返し主張しており、このような主張の否定は、学術論文から宇宙法の講義、新聞のコラムに至るまで、宇宙法界隈におけるある種の鉄板ネタと化している。あるいは、宇宙資源活動に関する法整備の文脈で目にした方も多いだろう。2015年にアメリカが宇宙資源探査利用法を制定し、私人による宇宙資源の所有権を国内法上認めたことを皮切りに、ルクセンブルク、アラブ首長国連邦、日本が同種の国内法を整備した。これらの国内法はいずれも私人が宇宙活動によって取得した資源に対する所有権を認めるものであるが、その適法性を論じる文脈において、土地所有権の設定は宇宙条約に反するが資源所有権の設定はこれに反しないという整理がなされてきた 。
実際のところ、国内法等によって月その他の天体における土地所有権の設定を認める国家の行為は、「月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない」と規定する宇宙条約の第2条に違反する可能性が高い。国際法上、土地所有権の得喪を認定し得るのは当該土地に属地的管轄権を行使し得る国家のみであると考えられており、月その他の天体において私人の土地所有権を設定する試みは、それらが自国の領土であるという認識の表明となるということである。
III. 土地所有権とは何か?
この「天体の土地を所有することはできない」というルールは極めて明快であり、直感的に分かりやすい。日本の民法において「土地所有権」や「土地」の直接的な定義が存在しないにもかかわらずそう思えてしまうのは、地球に生きる我々にとって「土地とは何か」があまりにも自明だからであろう。では、宇宙空間において当該直感は通用するだろうか。ここで、次のような仮想事例を考えてみたい。
〔事例:X国は宇宙空間に所在する直径10km程度の小惑星Aを1つ丸ごと「資源」として所有し、別の場所に移動させた上で資源として利用する。〕
この事例は2013年にNASAが計画していた小惑星の捕獲ミッションをモデルとしたものである 。実際に当該ミッションは頓挫したものの、小型の小惑星を丸ごと活用するという構想自体は技術の発展とともに現実味を帯びる可能性も否定はできないだろう。重要なのは、このケースにおいて小惑星Aは「土地」なのか「資源」なのかが曖昧となるという点である。小惑星Aは宇宙物体を着地させる足場として利用することもできるが、X国はAが土地ではなく資源であると主張している。では、「天体の土地を所有することはできない」というルールを当てはめるとき、X国の行為はどのように評価されるだろうか。
1つの考え方としてあり得るのが、土地所有権を座標によって特定される一定の空間に対する所有権と捉える考え方である。Cuius est solum, eius est usque ad coelum et ad inferos(土地の所有者は天から地まで全てを所有する)という法諺に表れているように、古来より人類は土地所有権を空間的に捉えてきた。実際、土地に存在する「土砂」は土地所有権とは区別され、ある土地の土砂を全て入れ替えて元あった土砂を別の場所に移動させたとしても、土地所有権の対象が土砂の移動先に移る訳ではない。この考え方をそのまま先の例に当てはめると、X国が行ったのはまさに土地の土砂に対する所有権の設定および土砂の運び出しそのものであり、宇宙条約第2条が禁止する土地所有権の設定ではないことになる。
他方で、この土地の本質を空間と捉える考え方は、必ずしも諸国の物権法において貫徹されているとは言い難い。例えば、阪神淡路大震災に伴う土地の水平移動について法務省民事局は、地震によって地殻が移動した場合、土地の筆界もそれに合わせて移動するとの見解を示している 。土地の本質が空間なのであれば、当該空間の内外に所在する物体(土砂)の移動によって土地の境界が変化する道理は無い。同様の判断はニュージーランドにおいてもなされており、2010年に発生したニュージーランド南島カンタベリー地方の大地震に伴う地殻変動を受けて、同国は「土地の境界はカンタベリー地震によって引き起こされた土地の移動とともに移動した、又は移動するものとみなす(当該移動が水平、垂直、又はその双方であるかを問わない)」とする国内法を制定している 。また、みなし規定ではないものの、カリフォルニア州にも地震に伴う土地の水平移動につき境界の再設定を求める手続きが存在する 。これらの例は災害に伴う実際上の不合理を解消するための政策的な要素が強いものであるが、各国の物権法上、地殻という物質的な要素が「土地」という概念と完全に切り離せるものではない事を示しているようにも思える。
あるいは、所有権の客体が土地であるか否かの答えは客体の側に生来的に備わっている訳ではないという考え方もあり得るだろう。「本質的に土地としか言いようのないもの」に設定された所有権だから「土地所有権」なのではなく、各国の物権法が「土地所有権として」所有権の設定を認めたものが「土地」なのだという考え方である。この考え方に立った場合、「天体の土地を所有することはできない」という既存の通説は「土地所有権」の相対性ゆえにそのまま運用することが難しく、結局これまで「土地所有権」と呼んできた権利のどのような要素が宇宙条約と整合的でないのかを特定する所から再検討しなければならないことになる。
本稿はいずれの見解が正しいかについて結論を下すものではないが、ここまでの検討が示すように、「天体の土地を所有することはできない」という既存の通説は、国際宇宙法と物権法の分野横断的な角度からもう一段階解像度を上げる必要があるだろう。
IV. おわりに
幸いなことに、現在の宇宙資源活動は主に月面に存在するレゴリスおよびそこから抽出される水資源、その他の鉱物資源の採掘といった、地球上において行われる資源活動と類似の構造を保っている。また、小惑星を一つ丸ごとどうしようという計画は2013年以降いずれの国も提唱しておらず、技術的ハードルや当該活動にメリットを見出せるかといったハードルも克服できる兆しもない。その意味で、本稿で扱った論点は喫緊の課題というよりむしろ、将来的に発生し得る問題に対する予備的な考察というものである。
しかし、冒頭で述べた「空」の概念を巡る問題と同様に、この種の論点は我々が普段普遍的なものとして扱っている法がその実、特定の環境に根差した最適化を施されていることを想起させてくれる。科学の進歩は当該環境からの脱却であり、踏み出した一歩を所与という足場が支えてくれるとは限らない。先端技術を扱う法の面白さはまさにこの点にあり、本稿がその一端を紹介するものとなっていれば幸いである。
お勧めの文献
・Virgiliu Pop, Who Owns the Moon?: Extraterrestrial Aspects of Land and Mineral Resources Ownership (Springer, 2008), p. 52.
・Stephan Hobe and Philip de Man, “National Appropriation of Outer Space and State Jurisdiction to Regulate the Exploitation, Exploration and Utilization of Space Resources,” German Journal of Air and Space Law, Vol. 66 (2017), pp. 460-475.
筆者紹介
清水 翔/SHIMIZU Sho
公益財団法人 日本国際問題研究所 研究員
早稲田大学 法学部、慶應義塾大学 法務研究科、防衛大学校 総合安全保障研究科前期課程を修了。
主な専門分野は国際宇宙法。
e-mail: sho8315945@gmail.com
